1977年のチェンマイ
1977年のチェンマイ。
今になって写真をみれば、とにかく車が少ない事に驚いてしまう。

当時チェンマイへはペナンからマレー鉄道で来たので「静かな街」ぐらいの印象だったのだが、バンコクでさえも車が少なかったので、今なら思う「車が少ない!」などという感慨は一切なかったのだ。
一枚目は堀の外通りのコチャサン通りで、現在のターぺー門から続く渋滞を思えば正に隔世の感がある。

当時ターぺー門は車両が通行でき、今の広場のあたりに当時は珍しかったオープンな小屋がけのカフェーがあった。
大学生のような若い子達が店をやっていて、二日に一回くらいの割で通っていた。
ちょうど店の前が力車だまりになっていて、そこで店の子と話しながらコーヒーを飲んでいると、背中に聞くキーコキーコという力車の音で「あ、いま客が来て力車が出ていったな、あ、今一台帰ってきた」とわかるのだった。
現在のターぺー門は・・・・・・。サムローも無いし、大体車とバイクの騒音で、何一つ聞こえやしない。
子供達が堀で泳いでいる写真も多く撮っている。
水も今と比べれば随分とキレイだ。
あの頃・・・・堀沿いに数人で歩いていて、堀の反対側に日本人旅行者(当時はアジア人旅行者=日本人だった)を見つけると、みんなで「お〜い、日本人か!? そうか、まあ、とにかくこっちへ来いよ!」とやっていたのだが、それを向こうもこっちも少しも不思議に思わなかったのだ。
今なら完全に奇人変人扱いだが、それだけ昔は旅人が少なかったのだ。

あれから幾星霜。
その後も旅ばかりの人生ではあったけれど、この初めての海外一人貧乏旅が、インドよりもアメリカよりも、ヨーロッパよりも、一番印象に残っている。